痴呆症の方の徘徊

私の勤めていた特別養護老人ホームには個性豊かな入居者がいます。

今日は入居者の杉田さだ子さんについてご紹介します。

92歳の小柄なかわいらしいお顔のおばあちゃん。

このさだ子さん、見た目は本当に可愛らしいおばあちゃんです。話をしていても穏やかな性格でいつもニコニコしています。

施設のフロアをお散歩したり椅子に座って日向ぼっこしたり、一緒に歌を歌ったり、のんびりした時間を過ごしています。

食事も自分で食べるし誘導でトイレにも行きます。介護度は4か5付いています。(介護度は、はっきり覚えていないのであやふやですが)

普段は本当におとなしく可愛らしいおばあちゃんです。

しかし、この可愛らしいおばあちゃん、実はスイッチが付いています。ひとたびこのスイッチが押されてしまうとさあ大変。形相が変わり、眉間にしわを寄せ暴言激しく手が付けられません。

そうです、痴呆症を患っています。足腰が達者な為、徘徊がひどく何時間でも歩き回ります。施設のフロア内であればどんなに歩き回っていても行方不明になることはありません。疲れたら座れる椅子もあちこちにあります。疲れて椅子に座って休むと元に戻っています。施設内であればそう困ることもないのです。

しかし自宅ではそうもいきません。ひとたび徘徊で外に出てしまえば見つけるのは困難です。このさだ子さん、何回も路上でさまよっているのを保護されているそうです。

 

ここからはさだ子さんの家族の話になります。

 

さだ子さんの自宅はバイパス道路の近くにあるそうです。息子さん夫婦と同居でさだ子さんの旦那さんは鬼籍になります。

ある夜息子さん夫婦が寝静まっている夜中にさだ子さんは自宅から外に出て徘徊していたそうです。寝ているすきに出て行ってしまったため息子さん夫婦は気が付きませんでした。突然電話で起こされ出てみると警察からで、さだ子さんを保護しているとの事でした。あわてて警察署に伺ったそうです。

警察官の話によると自宅から4㎞も離れたバイパス道路を歩いていたそうです。バイパス道路は夜でも交通量はそれなりに多く、轢かれなかったのが不幸中の幸いでした。

さだ子さんの服には名札が縫い付けていた為、身元が分かったそうです。

 

そんなことが何回かあったそうです。当然自宅の鍵を掛けてから就寝しますが、鍵を空けてしまい徘徊するので困ってノーローゼに成りかけていたと話してくださいました。

この息子さん夫婦は困ってしまい、夜にさだ子さんを2階に寝かせ、息子さんが階段の下に布団を引き寝ていたそうです。そうすれば自宅を出る前に気が付くからだそうです。

 

このままではさだ子さんと共倒れになってしまい悩んでいたところ特別養護老人ホーム リトルガーデンのオープンを知り入居申し込みをしたそうです。

(実はもう介護は無理で自殺をしようか迷っていたこともあるそうです)

家族の方が「この施設で預かってもらえて助かります。落ち着いて眠ることが出来ます。痴呆症がある方なのでこれから何があるか解りませんが、何があっても施設に責任を擦り付けるつもりはありません。すべてお任せします。よろしくお願いします」

との話を頂きました。

本当に困っていたんだなとしみじみ思い、自分の仕事が役に立っているんだと改めて感じる話でした。

このさだ子さん、施設でもいろんな事を起してくれました。

 

ある夜勤中の見回りでさだ子さんの部屋に行きました。

さだ子さんが私を見て

「今ね彼氏が布団にいるの、見せてあげるね」

と布団をめくりました。当然誰もいません。続けさまに

「あれ壁の中に消えちゃった」

・・・さだ子さん何が見えているの?

前回の滝戸さん同様、見えない見えてはいけない人が見えている。

ちょっとソワゾワする出来事でした。

このさだ子さんある時は食事中に上を見ながら

「あの黒いの何?」

と天井を見つめていたことがあります。当然私には何も見えません。

しかし見えないはずの物が見えてしまう話はこの後もいろんな入居者から聞くことになりました。やはり健常者と少し違う世界があると感じた出来事でした。

 

また別に日

病院に行き受診終了後の会計待ちの時にスイッチが入ってしまい大変でした。突然待合室で徘徊をはじめ扉をすべて空けて回ります。レントゲン室や診察室など、当然止めるのですが腕を掴もうとすると怒鳴りながら暴れまあります。90を超えたお年寄りの為、暴れるさだ子さんを無理に捕まえようとすると骨折などの恐れがあり無理やり捕まえることが出来ません。何を言っても聞き入れてくれません。

その時は病院看護師と一緒に車に乗せ診察室を離れることが出来ました。しかし、助手席に座らせ帰りの運転をしていると突然横からさだ子さんの腕が伸びてきてハンドルを握られ左右に動かされ、危うく事故を起こすところでした。

運転中に突然ハンドルを握られて軽くパニックになりそうでした。

運転していたのは私自身で何とか施設に戻ることが出来ましたが、施設に着くとさだ子さんは普通のさだ子さんに戻っていて、私の苦労は何だったのか?

と思う出来事でした。

 

専門の設備がある施設では痴呆症の方の生活のサポートは出来ます。

それが専門ですから。

しかし一般の自宅でははっきり言って無理です。設備もありません。仕事など自分の生活をしながら痴呆症の方の介護の両立は無理ですし出来ません。必ず気持ちが切れてしまい、中には鬱病になったり、仕事を辞めなければならなくなったり、共倒れをします。

介護をしたことがない方は介護を簡単に考えます。しかし現実の介護はそんなに簡単ではありません。自分の時間や体力を24時間掛けなければなりません。デイサービスなど行政のサービスを受けても24時間ではありません。介護をされている方より、介護者が先に参ってしまいます。本当に大変です。死ぬほど大変です。中には介護疲れで亡くなる方もいます。

 

そうならないように早めにケアマネなどに相談して下さい。

特別養護老人ホームは介護のプロです。